2017年04月20日

腹腔鏡手術のススメ

当院では避妊手術など腹腔鏡手術で行っていますが、まだまだ一般の飼い主さんたちの認知度が低いと感じます。
手術説明の時に開腹(お腹を大きく切る今までの方法)と腹腔鏡の話をしますが、ほとんどの方はご存知ありません。
腹腔鏡手術は人では、特に胆のう摘出では9割がた腹腔鏡で行われます。
なので「腹腔鏡」というコトバを聞いた方は大勢いらっしゃると思うのですが、それが動物でもできるということをご存知ない方がほとんどだと思います。
あるいは、動物に手術を受けさせるということが非日常的なので、じゃあ手術方法をどうするというところまで考えが及んでないのかもしれません。

腹腔鏡をやってる側からしたらとてもいい手術だと思うので、ぜひ多くの動物たちが手術を受ける時にこの方法が選択されるといいなと思っています。
どちらかというと開腹か腹腔鏡か、という選択ではなく、割と軽度な状態だったり正常な状態で手術を受ける場合は腹腔鏡、ちょっと重症になってきたら開腹という考え方だと思います。

手術の師匠であるH先生から聞いた話が印象に残っています。
例えばがん患者さんがいて、初期、中期、後期、末期と4段階に分けた時に真ん中の2段階は誰が手術しても上手くいく時は上手く行くし、転移を起こしてしまう場合は転移してしまう。
しかし、初期の場合は誰がやってもどんな方法でもほとんどの場合が結果は良好である。ならば、できるだけ患者さんに負担の少ない手術でやってあげれた方がいいのではないか。だから私は初期の患者さんには腹腔鏡でやることにした。

開腹か腹腔鏡かどっちだ、ではなくて、この場合は腹腔鏡、この場合は開腹が適している、という考え方が適切なんどろうと思います。
こんなことを一般の方にも広く知っていただけたらと思っています。
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2017年04月12日

第2待合&フードショップ

りんごの樹の待合室は開業した時のままなので6人しか座れません。
そんなこともあってフードをあまり置けなかったんですが、このたび新館に第2待合室を作りましたので、そこをフードショップと兼ねることにしました!
今までできなかったフードの陳列や、病院オススメの商品など並べていこうと思っています。
最小サイズしか病院に置いていなくて、それより大きいサイズは随時注文していただいてましたが、これからは大きいサイズも常備できるように致します。
外には自販機も設置しましたので、暑いこれからも涼しいお部屋でお待ち下さいね!

↓こんな感じ
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↓待合側は…
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第1待合とイメージが変わって明るいですね!

そういえば、狂犬病の集合注射が始まりました。
このあいだの会場は桜が満開!
お花見に行けなかったんでちょうど良かったです!

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2017年04月04日

新年度になりました!

さて、新年度が始まりました。
毎年この時期はいろいろやらなくてはいけないことが多く、今年も雑務に追われ、おかげさまで忙しく毎日を過ごさせていただいています。
そんな中でも、特に時間がかかるのが毎年飼い主の皆さんにお送りするダイレクトメールの作成です。
3月中旬にはお出ししたいといつも思っているのですが、今年も遅れに遅れ、先日やっと発送になりました。
もうすでにお手元に届いている方もいらっしゃると思いますが、今年も一生懸命作りましたので一読していただければ幸いです。

ダイレクトメールも開業当初はハガキに印刷してお出ししていました。
印刷は、近所の先生のところに簡易印刷機があったので、それを貸してもらって自分でやってました。
費用はハガキ代くらいだったのでそれほどかかりませんでしたが、ここ何年かは本格的なデザインをプロの方にお願いし、印刷や発送もそれなりに費用がかかるようになってしまいました。

何度も何度も校正し、やっと出来上がるのでそれなりに思い入れがあります。
昨日も手術をしてて思ったのですが、私はかなりの凝り性なので、できるだけ綺麗に、丁寧に、納得のいくように、これはいい点と悪い点がありますが、どうもそうなってしまいます。

丁寧な手術というのは「遅い手術」と言われ、外科の世界では決して褒められたものではないようです。
もちろん雑な手術は論外ですが、最低限の丁寧さで、ある程度のスピードがあることが大切で、スピードは術後の回復にも影響します。
一般的な仕事もやはりスピードが大切で、丁寧すぎるのも考えものです。
私の性格はちょっとしつこいところがあるので、これは反省すべきところですね。

けれど自分で自分をフォローしておこうと思いますが、私が自分の体を手術してもらう時、やっぱり丁寧にやってもらいたいので、多少時間がかかっても綺麗な仕上がりにしてもらいたいです。
幸い私たちが行う手術はそこまでスピードを求められる重症度の高いものも少ないので、綺麗さ、丁寧さも大切だと思います。

ブログが書けなかったこの数週間の間にも実に様々なことがありました。
今年度もなるべく頑張って書いていきますので、皆様にもお楽しみいただければと思います。
今年度もよろしくお願いいたします!
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2017年03月18日

突き抜ける!

日本では、いろいろな事がまんべんなくできる人より、何か一つに抜きんでた人の方が評価が高い。
今日も院長面談で看護師のAさんと話をしていたのだが、なぜ評価が高くなるのか考えてみた。
(りんごの樹では半年に一度、院長面談という院長とサシで話す機会がある。)

考えるに、需要と供給のバランスで説明できると思う。
まんべんなくできる人は案外多くいる。でも、何か一つに抜きん出た人は数が少ない。
だから、数の少ない人は評価されるし、病院からも大切にされる。
そりゃそうだ、彼(彼女)がいなけりゃ病院が回らなくなるんだから。
それができるのは彼(彼女)しかいないのだから。

病院から大切にしてもらえる人になりたいか?
あるいは、その他大勢の、特段その人でなくてもいい人になりたいか?
よほど天邪鬼でない限り、100人いたら100人が「大切にしてもらえる人」になりたいと答えるだろう。

次に、なぜ一つに抜きん出た人が少ないのか、と考えてみる。
一つに絞るのは勇気がいる。わかっていても、一つに絞りきれないのが普通であろう。
一つに絞れば、他の事は捨てなくてはならない。
一つに集中するためには時間、お金、手間をすべてそこに集約する必要がある。

日本式教育は減点法でなりたっているが、減点法だと平均点そこそこで無難にこなす事が大切になってくる。
特別に優れた才能があったり、卓越した業績を残す事より、これといった大きな欠点がなく、着実に無難に仕事をこなす事が求められる。
そういった環境で育てられた人間が、一点に集中して他をすてて取り組むにはなかなかの勇気がいる。

それでも私はうちのスタッフが病院から大切にされる人になって欲しいと心から願う。
自分にしかできない、他の人では代替えが効かない人になって欲しい。
普段の態度がどうだとか、意欲がどうとかついつい言いたくもなるが、ここなら任しとけ、という人だらけの「りんごの樹」が理想だ。
そういう人たちが「真剣」に取り組んだらきっとすごい事になる!
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2017年03月16日

伝えること

伝える事について考えてみる。
いくらいいものを作っても、伝えなければそれは無いものと同じだという。
作るだけではダメで、相手に伝わって初めて形になる。
最後の魂を入れるということかな。

いくら世界で初めての発見をしても、誰もそれを知らなければ全く意味が無い。
すごくいいことを考えても、誰もそれに関心がなければいいことにはならない。
だから、すごくいいものを作る時と同じくらい気を込めて伝えることが大事だという。

考えていることやアイデアを相手に伝えるのは実際かなり難しいと思う。
伝え方や話し方、表情や態度も全部関係してくる。
エスパーだったら伝えなくても伝わるからその辺の苦労はいらないね。
作るのが半分、伝えるのが半分。両方揃ってやっと一人前になる。

いいものを作れば、美味しいものを作れば、黙ってても自然と拡散していく。
最高の技術を磨けば、それを欲する人が自然と集まる。
真面目にコツコツやっていれば、必ず世間に認められる。
なんとなくそんな風潮というか教育がされてる感があるけど、それをどのように伝えたらいいか、という残りの半分のところがあまり考えられてないし、教えられてもいないんじゃないかな。

私たちの仕事でも同じだけれど、いい仕事(正しい診断と治療)をしていれば必ず飼い主さんに認められるわけでもない。
それを伝えて初めて認めてもらえる。
寡黙もいいけれど、私たちの仕事の半分は伝えることである。

院長の一番の仕事も伝えることである。

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↑最近読んでる本。
「へえ、こんな本あるんだ!」という感じ。
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2017年03月05日

学術研究発表会

本日は愛知県獣医師会の学術研究発表会で発表してきました。
会場は名古屋駅すぐ近くのウインク愛知。
とても便のいい場所にあるので助かります。

日曜ということもあり、結構人がたくさんいました。
普段は引きこもりのような生活で、ほぼ外には出ずにず〜っと病院の中にいるのでたまに外出すると疲れます。
24時間、病院から一歩も外にで出ないこともあるので、外が寒いのか暑いのか、雨が降ってるのか晴れてるのか、全然わからない、というか気にならないこともしばしば。
自宅が病院の2階で、通勤も階段を下りるだけなので尚更です。

最近思います。
あ〜つくづくこの獣医の仕事が好きなのかな〜って。
朝早くに急患を診たり、深夜に運ばれてくる患者さんがいたり、看取ったり、走り回ったり…
学生の頃から朝から晩まで動いてましたが、そんな生活が刷り込まれてしまったようです。

先日も患者さんのYさんとそんな話をしてました。
人並みに穏やかな生活がしたい、と考える先生もいるようです。
もちろん私もず〜と年がら年中走り回っているのはちょとどうかな、と思いますが、ザ・獣医、という感じのこの仕事が好きだな、と思います。

多分学生の時の過ごし方で人生変わるような感じでしょうか。
すべての人がそうではないでしょうが、少なくとも自分にとっては学生の時に研究室で過ごした時間が今も流れているような感覚です。
25年たっても変わらない時間感覚だから、相当なものですね。
まあ、それが私の生き様でしょうが、そんな出会いがあったことには感謝いっぱいで、運が良かったです。
たぶん自分の生き様がなかなか定まらない人もいると思うので、そういった意味では本当に運がいい方です。

話は戻りますが、三河安城まで病院から車で10分弱、三河安城から名古屋駅まで新幹線で10分ちょっとなので、接続がよければ30分かからずに名古屋に到着です。
発表の直前までスライドの訂正していてギリギリの到着でしたが、なんとか発表も滞りなく終えてきました。
内容はいつもの腹腔鏡ですが、あまり質問がなかったので少し残念でした。

「ペットにも腹腔鏡!」キャンペーンやろうかな、と考えています。
もっと多くの方に関心を持っていただけると、動物たちも幸せかなと思います。

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2017年02月27日

低侵襲ということ

今回は、りんごの樹で特に力を入れている腹腔鏡手術に関してお話ししたいと思います。

人でも動物でも、検査や治療を行うときに本人に負担の少ない方法でできればそれに越したことはありません。負担が少ないことを「低侵襲」と言いますが、腹腔鏡手術はその代表格です。体に傷をつけずに体内を観察できる超音波検査やレントゲン検査、CT検査も広い意味では低侵襲な方法と言えます。これらの他に低侵襲な方法として消化管内視鏡(いわゆる胃カメラ)、胸腔鏡、関節鏡などが挙げられます。いずれも最近の技術の進歩とともに開発されたものであり、現代の医療にとって無くてはならないものとなっています。

昔はお腹を大きく切って病巣を観察したり切除したりしていました。有るか無いか分からない、どうなっているか見当もつかない、等のときに試験的にお腹を切ることを「試験開腹」と言います。今でも行わない事は無いですが、できれば痛くない方法で確認ができ、さらに治療までできれば尚いいですよね。

もし自分がどこか痛くてお医者さんが原因を突き止められないとき、「試しにお腹を開いていいですか?」と言われたらどうでしょう?痛い思いをして、原因が突き止められなかったら最悪ですよね。お腹を切らなくても分かる、ほんの少しだけの傷で大きく切った時と同じ治療ができる。人の医学ではほぼ当たり前になっている方法もまだまだ動物では一般的ではありません。

5mmとか1cmの傷で10cmとか20cmとか切った時と同じ治療ができる。むしろ、大きく切開した時よりも比べ物にならないほど安全で清潔な手術ができる。そんな夢のような手術方法が腹腔鏡手術です。

私の肺に影が見つかり、ひょっとしたら胸を開いて病巣を切除しなくてはならないかも、と言われた時、まっさきに頭に浮かんだのが術後の痛みでした。聞けば、胸を大きく開いた時はその痛みが半年以上続くそうです。その後も腕を挙げたりする時に痛みが走り、ずっと長いあいだ苦しみが続くと聞きました。自分だったらそんなの耐えられないです。胸腔鏡でやればそういった痛みもなく、ゼロではないですがとても少ない術後痛だそうです。動物たちは言葉が話せません。痛そうにしてないから大丈夫だろう、泣き叫んでてもそのうち治るだろう、そう私も以前は思っていました。でも、本当はそうではないのです。彼らは痛みを顔に出さないだけで、本当は私たち人間と同じように辛い思いをしているのです。最近の研究でそんな裏付けが発表され、それに伴って自分の経験も手伝い、私はできるだけ侵襲の少ない、痛みの少ない治療法をという思いから腹腔鏡手術を行っています。

愛知県内でも腹腔鏡手術をうたっているところは数件の動物病院です。しかも、実際に実働しているところは私の知るところわずか2-3件しかありません。人では胆石の手術の9割以上が腹腔鏡で行われるこの時代に、動物たちはいかに昔ながらの痛い方法を強いられているのかと切なくなります。まだまだそういったことも知らない獣医の先生も多いのが現状です。昨年には中部地区での腹腔鏡手術の勉強会を立ち上げ、少しでも多くの動物たちが痛みの少ない手術を受けられるようにと活動を始めました。

ここでは実際の腹腔鏡による犬の避妊手術を説明したいと思います。一生のうちに一度しか受けない手術ではありますが、だからこそ愛するペットに痛みの少ない手術を選択してあげて欲しいと心から願っています。

下の図は犬のお腹を下から見た図ですが、お腹の中では卵巣や子宮がこのようにぶら下がっています。赤い部分は血管です。四方八方から血管が伸びていて、手術ではこれらを全て糸で結ぶか、専用の機械で血管を塞ぎます。腹腔鏡手術ではこれらの操作をお腹の中でやりますが、開腹手術では臓器をお腹の外に引っ張り出してやる必要が有ります。したがって、上から下まで大きく切る必要が出てきます。
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実際の開腹手術の切開創はこのような感じになります。
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その切開創からこのように卵巣と子宮の一部を引き出して手術を行います。
引き出し時には神経も引っ張られるために非常に大きな痛みが起こります。その痛みは麻酔がかかっていても動物の心拍数が上がるほどです。左右の卵巣を摘出し、場合によっては子宮も全て摘出します。大型犬種では引き出し時に十分体外に牽引できず、卵巣を一部取り残してしまったり、あるいは無理に糸で結ぶために糸が緩んで大出血を起こす事故も報告されています。
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開腹手術を行った実際の手術後の縫合部の様子です。この子は10針縫いました。
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一方、腹腔鏡の切開創はこんな感じです。
開腹手術と比べると極めて小さいのがわかると思います。
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腹腔鏡ではこのように直径2mmや1cmの非常に細い器具を使用して、お腹の中で手術を行います。皮膚の切開がとても小さくて痛みが少ないことももちろんですが、臓器を強引に引っ張ることがないため痛みや取り残し、血管の引きちぎれなどの事故は皆無になります。また、出血も極めて少なく、信じられないかもしれませんがほぼ無出血で手術を行うことができます。
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実際の腹腔鏡手術後の縫合部です。
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このように腹腔鏡手術は非常に低侵襲で合併症も少なく、開腹手術よりも安全で優れた手術方法だと思います。難点を挙げるとすれば、費用が通常の開腹手術に比べ数万円ほど割高になることです。しかし、良い点を考えれば十分価値のある費用だと思います。
私が手術を受ける立場になったら、間違いなく腹腔鏡手術を選ぶと思います。でも動物たちは残念ながら自分で手術方法を選択することができません。飼い主の皆さんが選んであげるしか、彼らがその恩恵を受けることはできないわけです。是非とも大切なワンちゃんに腹腔鏡手術を受けさせてあげて欲しいと思います。
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2017年02月12日

元紀の由来

昨日は建国記念の日。
昔は紀元節と言われていたそうです。
11日が私の出産予定日だったそうで、父は紀元節を逆さまにして元紀と名付けてくれました。
予定日から二日遅れて13日に生まれました。
明日で私も50になります。

今までの50年、そしてこれからの??年。
どんな風に過ごしていこうかいろいろ考えます。
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2017年02月07日

魑魅魍魎

昨日、看護師のI君と話をしていて、思い込みの話になった。
思い込んでいる、と本人は思っていないけど、うまいことそう思わされていることは実は沢山ありそうだ。
たま〜に真実らしきことがチラホラ見える時があるけれど、テレビコマーシャルや道徳とかで「人はこうであるべき」とか「こんな素敵なものがあるんですよ」と紹介されるとそれが欲しくなったりする。

ある方がブログで、教育の目的、目標は夢であって、教育を受けることで今まで叶わなかったことが叶うようになる、できなかったことができるようになる、知らなかったことがわかるようになる、とかそういうことで、教育を受けていい高校、いい大学に行けば高所得につながるとか高収入に繋がるとか、そういうことではないと綴っていた。実は高所得、高収入を得るために教育なんてそれほど必要なく、高収入の秘訣は奪うこと、ズルをすること、嘘をつくこと、暴力であり、これらの方がはるかに教育よりも高収入につながる、という。

これは本当か、そうではないか、という議論をするつもりはないし、こういう考えもあるのだな、と読んだ当時は思ったが、なかなかインパクトのある文章だった。だから記憶に残っているけれど、今思えば「高収入とか高所得がなんとなく良いもの」と捉えられているが、それ自体も怪しいもので、じつはそういう暗示にかけれられているだけでそうではないのでは、という話になった。

確かにある程度の収入、所得があれば自由に生活できるし、欲しいものが手に入る、ような気がする。ある程度の収入があった方がいいと、おそらく100人いたら100人そう言うだろう。でもちょっと考えてみれば、所得が多くて一番得をするのは誰だ?と考えた時、一生懸命働いて自分の時間を削って徹夜して、ボロボロになって本人はその報酬を手に入れるけど、何もしないでその一部をかすめ取って「奪って」いくのはじつは国であって、税金は納めるもの、払うのが国民の義務であってそれをしないと国が運営できなから支払いましょう、ということになっている。これは先の話からいうと奪っていることに他ならない。

税金を払いたくないとか、そういうことを言いたいんじゃなくて、奪ったり人をだましたり、そんなことNGに決まってるじゃん、と決めつけていたけれど、世の中にはどうも自分が気付いてないだけで、そういったことがじつはウジャウジャありそうだ。それが現実で、それを表立って肯定するわけではないが、実はそういうことなんですよ、と捉えることでまた違った社会とか世の中の一面が見えてくるような気がする。

世の中には魑魅魍魎がすみついている、と高校の時の先生がおっしゃっていたことを思い出した。真実はなんなのか、思い込んでいるだけではないのか、実は洗脳されている?友人のブログを読んでいて、ずいぶん思い込みが激しいな、と感じることがあるが(このブログもそういった側面が多々あると思うし、どう考えるかはその本人の感じ方であるからそれはもちろん自由であるが)、もっともっと広い視野で見ることでいままで当たり前だと思っていたことが、実はどうでもいいことだったりするのかもしれない。
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2017年02月06日

最後

最後を迎えるのはどこがいいか。
動物も人間も、生まれるのも死んでいくのも、大好きな人たちに囲まれながらが一番いい。

残念ながら、治療の甲斐なく亡くなる動物たちがいる。
病気や怪我から助けるためにこの仕事をやっているが、無力感を感じることはどうしてもある。
そんな時、ついつい考えるのは最後を迎える動物たちの心のこと。

病院が嫌いな子は多い。
注射や治療で痛い思いや苦しい思いをするからだろうと思うけど、診察台の上でブルブル震える子は多い。
そんな嫌なところに治療のためだと入院させられて、彼らはどんなに心細く、不安で、怯えているだろう。

看護師さんたちが笑顔で、優しく、名前を呼びながら一生懸命面倒を見てくれる。
中にはすごく信頼してくれて尻尾をブンブン振ってくれる子もいる。
頭をよしよしと撫でて、顔をきれいにしてあげる。

最近はすごく高齢な動物たちも多い。
懸命に治療するがどうしても力足りず、もう亡くなってしまうかもしれない時、できるだけお家で過ごしてもらうよう、飼い主さんにはその子とできるだけゆっくり過ごしてもらうようお願いする。
でも、治療は最後まで諦めたくない。
少しでもいい治療、楽になるなら、体調が良くなるならしてあげたい。
そのために考え付いたのが日中は病院で治療して、夜は家族と一緒に過ごしてもらうこと。
半分入院で半分通院。

飼い主さんは現実を受け入れられないことも多いが、悲しいかな長くこの仕事をしてるともう難しそうだなとか、最後はこんな感じになるな、ということが何となく分かるようになる。
最後をできるだけ安心して、大好きな人たちに囲まれて迎えられるよう、静かに穏やかに迎えられるよう心がける。
治療して治せればそれに越したことはないけど、どうしてもかなわない時にはそんなことを考えるようにしている。

自分がそうだったら、やっぱり家族に囲まれていたいから。
家族がニコニコ笑って過ごしている隣で、自分もニコニコしながら最後を迎えたいから。
その子にとって、治療はできなくても心を穏やかに、幸せにしてあげることはできると思う。
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2017年02月03日

プロの獣医になる、ということ

プロフェッショナルとはどういう状態だろうかと考えてみた。
プロの獣医とは?

なんとなくだけれど、技術が素晴らしくできる獣医というイメージがあった。
だけれど、ただ単に技術が素晴らしければプロフェッショナルと言えるだろうか?
プロはお客さんが呼べて初めてプロフェッショナルではないだろうか?

体操で金メダルを取った選手がアマチュアからプロになると言った。
同じように、陸上の選手もプロになった。
イチローがプロであるのは間違いない事実であるが、彼がプロとして最高クラスなのはその技術はもちろん世界トップクラスだろうが、大事なことは彼のプレーを見てお金を払ってくれるお客さんが大勢いるということに他ならない。

大勢の人に求めていただくこと。そしてそのニーズにきちんと答えられること。
この二点がプロである大切なことであり、技術はその手段である。

求めていただけないのであれば、その時点でもうプロとは言えない。
プロの獣医であるために、何をすべきなのかを考えることが大切だと思うし、そういった教育を大学でもきちんと受けて卒業してくることが必須だと思う。

これは臨床歴30年の自分にも言えること。
初心忘るべからず。
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2017年02月02日

常識と非常識

業界の常識は世間の非常識という。
先日も、ある方にそう言われたのを思い出した。

動物病院で、獣医師が10名前後所属していたり、CTがあったり、病院の大きさがウチくらいだったりするのはそう多くはないけど、それほど珍しくもない。
ところがその方は、こんな病院見たことない、と目を丸くして言われる。
まあお世辞の範疇なのかなと思い、業界ではそれほど珍しくはないですよ、と言うと先の言葉を言われた。

そこにいれば当たり前、そんなに珍しくはないと思っていても、一般の方からみればとんでもなかったりすることがある。
だから、自分の立場だけで話をしてると、相手に伝わらなかったり勘違いが起きたり、相手の気持ちがわからなかったりすることが起きるのだろう。

相手の気持ちになって考える、相手が何を求めているのか、どうして欲しいのかを考える時、自分が常識だと思っていたことが実は相手にとっては非常識なことかも?と考えることが必要なのかもしれない。
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2017年02月01日

痛いの嫌い

腹腔鏡と同じように低侵襲な治療に内視鏡があります。
内視鏡と言うとピンと来ないかもしれませんが、いわゆる胃カメラというやつですね。
胃カメラは凄い機械で、お腹を切らないで胃や腸の中を観察できるものです。

私も人間ドックの時に何回か胃カメラ飲んだことがありますが、あれは結構辛い。
でも動物の場合は完全に麻酔をかけて検査するので、本人は全く辛くありません。
麻酔から覚めればケロっとしていますね。

内視鏡を最初に考えた人は凄い発想だと思う。
腹腔鏡もそうだけど、切らずにお腹の中や胃や腸の中を見たり、処置したりできるのは普通じゃ思いつかないんじゃないだろうか?
今、私たちはその恩恵を普通に受けれることができるけど、昔はそんな機械もなかったわけだから大変だったでしょうね。
何かあればすぐにお腹を切られて、本当は切らなくても処置したり検査できるのに、そこに到達するために痛い思いをする。

先日もスポンジを飲み込んでしまった猫ちゃんがいて、運良くお腹を切らずに摘出できましたが、そういった技術がこの世になければその子もお腹を切られていたわけです。
お腹を切られることは痛いですよね。
胸を切られるのはもっと痛いと思います。
肋骨をギリギリ開かれて、時には肋骨が折れてしまうこともあるそうです。

そこを乗り切らなければ手術ができないわけだから仕方ないといえば仕方ないけれど、安全に痛くなく同じことができるんであれば、自分だったらそちらを選ぶでしょうね。
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2017年01月31日

クールな時間

ジャンプするには溜めが必要だ。
足を伸ばしたままでは飛ぶことができない。
段の上に上がりたいばかりでは、思いは叶わない。

ずっと動いてばかりでは同じところをグルグル回るしかない。
時には休息が必要だ。
休息は休みではなく準備の時間。

木を切る8時間のうち、6時間は斧を研ぐ時間に使うという。
手術は、その準備でほぼ全てが決まるという。
実は飛んでる時間、伸びてる時間よりもその準備の時間の方が大事なんじゃないか?
よく考えたら、飛んでる時間はわずかで、準備の時間の方がはるかに長いんじゃないか?

飛んでる時間はワクワクしてるし、あっという間だから記憶に強く残る。
準備の時間は地道だし、そんなにパッとしないし、進展がない気がする。
でも逆転の発想から考えて、この準備期間こそが次へのステップへ踏み出す一番楽しい時間なんじゃないか?

遠足に行く前日の、あの楽しくいろいろ思いが広がる時間。
年末の、新年が始まる前のあのソワソワ感。
旅行へ行くにしても、いろいろ考えてる時がそういえば一番充実してるかも。

準備の時って何も変わらない気がするけれど…
混沌とした時間がただただ流れてるだけのような気がするけれど…
これから到達する世界の対極にあって、二度と味わえない最高にクールな時間なのかもね。
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2017年01月29日

人と動物が、子供たちが安心して暮らせる社会を創る

WHY、HOW、WHATの話で気がついた。
「究極の一次診療」「究極のかかりつけ病院」はWHYではなくHOWだ。
では、私のWHYは?

WHY
私は何をすべきなのか?
その根底にある信念は?
そもそも私はなんのために病院を立ち上げたのか?

今回のことで自分なりに出した答え、それは「人と動物が、子供たちが安心して暮らせる社会を創る」ということ。
みんな動物が大好き、癒してくれる。
子供たちにとってペットは一番の親友。
私には「動物を幸せにする」という高い高い目標があった。
ちょっとやそっとでへこたれてる場合ではなかった。

HOW
そのためには何をするのか。
この信念に生命を吹き込むには何ができるか。
私がやれること、私にしかできないこと。

今やっていることを現状に満足せず、挑戦していこう。
みんなで最高の病院を創っていこう。
院長一人では小さな小さなちからでも、みんなに協力してもらってやっと夢を叶えることができる。
飼い主さんの安心や動物たちの健康のために「究極の一次診療」を提供する。
りんごの樹を「究極のかかりつけ病院」にする。

思えば、今まで子供の頃から動物を飼ったことがなかった。
20歳で亡くなったヒメちゃんがはじめての子だった。
物心ついた時には、家でおばあちゃんがニワトリを飼っていた。

父は養鶏場をやってて、小学校の低学年から手伝わされてた。
田舎だから野良猫が家のなかにしょっちゅう入ってきていて、納屋で子猫を産んだりしてた。
周りに動物がいるのが当たり前で、生活に溶け込んでた。
子供心に犬を飼いたいとうっすら覚えているけれど、当時、野犬が鶏を襲うからと父に反対された。

だから自分が動物を病院に連れて行った経験がない。
動物病院のイメージもない。
けれど自分がペットを連れていく時、こんな病院だったら、こんな獣医だったらいいな、嫌だなというのはある。
安心できる、信頼できるなというのはある。

自分が何年か前に肺の病気になった時、その時の若い医者はとても頼りになった。今でも覚えている。
あの時、彼が一生懸命私の話を聞いてくれて、待ってる患者さんがまだたくさん居るのに、もうこれ以上聞くことはないというところまで時間をかけてくれた。
それで自分でも踏ん切りがついたし、こいつなら任せられると腹を決めた。

家内が胆石で救急にかかった時、受付係と医師がおしゃべりしてて暇そうなのにちっとも呼ばれず、とても腹が立った。
自分が健康診断で内視鏡の検査を受けた時、担当医が挨拶もせず物のように扱われてすごく嫌だった。
子供が大火傷を負って皮膚移植をしなければならないかもと言われ、車椅子で転院して帰りには歩いて帰ってきた。
結局移植も必要とせず医療の質の差、情報の大切さ、考え方の違いによって患者が泣きをみるということも経験した。
医者のどうでもよいプライド、患者にとっては邪魔なだけの派閥や考え方、本当に必要な医療が自分の意思で行えない不自由さ。

だから、こんな動物病院を創りたい、こんな病院だったら自分もかかりたい、大切な友人にも紹介したいという理想は高い。
こんな獣医でありたい、患者から必要とされ、頼られる人でありたいという思いも強い。
そのハードルを越える病院を創りたい。
そのイメージが「究極のかかりつけ病院」だ。
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2017年01月25日

Why?

今、「WHYから始めよ!」という本を読んでいる。
とても面白い本で、サイモン・シネックさんという方が著者。
講演動画サイト「TED」で広く知られるようになったという。

リーダーが伝える時には話の順番が大切。
その順序とは、What(ものの説明)から話すのではなくWhy(目的や考え)から始める、というもの。
話をするときにはついつい、これはどういう物ですよ、こういうことですよ、と説明したくなる。
でもそういうことに人は心を動かされれず、なぜそれをやるのか、心はどこにあるのか、を始めに伝えるとその考えに共鳴できれば人は心を動かされ協力をしてくれる。

以前このブログにも載せたが、テレビのセールスマンがお客に商品を売る時に、
この新型テレビは4Kで黒が綺麗で素晴らしくクッキリ見えますよ、という機能の説明ではなく、このテレビだとこんなステキな未来が待っていますよ、というマインドに訴える話とよく似ている。

相手にとってみれば機能だとか性能はどうでもよく(あまり重要でないし、よくわからないし)、こんなことをしたいんですよ、こんなことを考えてるんですよ的な話の方が、脳のコアの部分に突き刺さる。

始めは純粋無垢で夢を叶えるために始めた仕事も、年をとって合理的にそろばんをはじくようになるとついついWhatの話になってしまう。
現実的なWhatは魅力が少ない。
Whyには夢を感じ、未来を感じ、ワクワク感がある。
リーダーは夢を語りたいものだ。

こんなことをしたい、こう生きたい、こう展開したい。
そういった信条とか価値観に共感を覚えてくれる仲間と一緒に未来を創造していけたら最高。
もうすぐ私も50になる。
リーダーとしての勉強は獣医学の勉強と同じくらい面白いと感じる今日この頃。
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2017年01月24日

血の出ない手術

腹腔鏡手術をなぜ行うのか?
皮膚をほとんど切らずに手術できる腹腔鏡手術は、人間を含めた動物たちを不要な痛みから解放してくれる。

手術の目的は、そこにあるよくない病巣を切除すること。
だが実際には切除するためにそこにたどり着く必要がある。

その道のりは、空間を瞬間移動できない限り切り開いていくしかない。
切り開いて病巣に達し、切除した後はまたもと来た道を縫い合わせて修復する。
この行く道と帰る道は本来手術には関係のないところだ。

だから、少しでも行く道と帰る道を最小限にすることを考える。
人間が目で見るためにはなるべく大きく切開して、皮膚の一番痛いところは無視してガバーっと開く。
大きく開けば開くほど手術の安全度は高まる。

傷が小さければ中が十分に見れないから、だいたいのところで手探りでやるしかない。
手探りで手術されたらどうだろう?
間違ったところを切られたりして…

傷を小さくするために、人間の目に代わる何倍も高性能のカメラのレンズを挿入する。
いまやカメラは4Kの時代に突入した。
人間の目では見えない細かい部分まで見えるようになった。

これはどういうことを意味しているか?

つまり、目で見て手術するよりももっともっと上手に綺麗にできるということ。
よく見えれば、顕微鏡でしか見えなかった細かな毛細血管や神経やリンパ管まで見ることができる。

手術の後に内出血したり、液が染み出てきたり、ジクジクしたりする。
これ、全部手術でリンパ管や毛細血管を引きちぎっているから。
引きちぎろうとしてやっているわけではなく、いままでの手術では目で見えなかった。
手術の後が汚かったり、感染したり、痛かったりするのはこういう理由。

そんなことも全部解決してくれるのが腹腔鏡手術。
腹腔鏡なら血が一滴も出ないレベルの手術ができるようになりました。
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2017年01月17日

私と腹腔鏡手術

先日、私のところで腹腔鏡の設備をいつ導入したのか、を調べる機会があって資料を探してみた。
いつから何年やっているか普段考えたこともなかったが、調べると2008年に導入していた。
今年は2017年。
おお!来年でちょうど丸10年だ!
ちょっと感慨深いものがある。

開業したのが1998年だから、ちょうど開業10年目に導入している。
開業して5年目に東側の今の医局部分を増築し、10年目に北側と西側を大きく広げた。
この時に手術室を新設し、当時としては珍しい腹腔鏡手術に本格対応した手術室を作った。

メーカーの担当者に腹腔鏡手術に必要な手術室の条件を聞いた。
まず、十分な広さがあること。
腹腔鏡手術は多くの器具機材を用いるため、通常よりも大きな手術室が必要になる。
そこでまず設計図を描く時、一番初めに手術室のスペースを取った。
その大きさ5m×7m。
動物病院の手術台1台置く手術室としては相当大きいスペースになった。

次に調光が可能であること。
腹腔鏡は画面モニターを見ながら手術をするために、モニターに集中することと画面に照明が写り込まないようにするため調光ができると良いと言われた。
そこで通常の蛍光灯の他に調光用の電球を天井に埋め込んだ。
手術中は明かりを少し落として、モニターに集中して手術を行う。

3番目に必要な条件は天井から吊り下げ式のモニターがあること。
実はこの吊り下げのアームがたいへん高額だ。
初めて金額を聞いた時は二度聞き返したくらい。
理想を言えば二台の天井吊り下げ式アームが欲しかったが、お金が足りず泣く泣く一台になった。

こうして、理想の腹腔鏡手術室が完成し、私の腹腔鏡生活が始まった。
初めは先輩や人のお医者さんから講義や実習を受け、見よう見まねで始めた腹腔鏡。
最初の手術は今から考えるととても時間がかかったが、それだけ慎重に丁寧にやった覚えがある。

静岡で行われる実習には何度も通い、九州の大学にも通った。
海外の講習にも足を運び、当時の腹腔鏡仲間とは今もお付き合いしている。
研究会にも毎年参加し、模型を使った競技会では賞もいただいた。

学会でも毎年発表し、自分のやってきた手技や考え、これから新しく始める人たちに伝えたいことを発信してきた。
腹腔鏡を初めてちょうど5年が過ぎた頃、恩師の鷲巣先生に岐阜大に呼ばれ、客員教授として腹腔鏡の講義と実習を行うよう依頼された。
腹腔鏡を行う獣医師はまだ全国でも少なく、そのため様々なところで腹腔鏡についての講演をする機会を頂くようになった。

最近は昔からの仲間たちと腹腔鏡のさらなる手技を磨くため、勉強会を設けたりしている。
また、この中部地区でも腹腔鏡を広く普及させていくための研究会を作り、まだまだ人数は少ないが仲間たちと勉強している。
先日も新しく腹腔鏡を導入した病院に技術指導に行ってきた。

こうしてみると、たかだか9年だが、長い長い9年だった。
じゃあこれで十分かといえば、まだまだ全然足りない。
私よりももっともっと情熱を持って、集中力をもって、そして熱い心を燃やして頑張っている仲間がいる。
彼らを見ているともっともっと自分を高める必要があると思うし、うかうかしてるととんでもなく遠いところに行ってしまって、とても追いつけないところまで差がついてしまう。

最近はまたドライボックスを使って毎晩のトレーニングを再開した。
このドライボックス、特注で友人に作ってもらった動物専用の練習機だ。
いままでの人用のんボックスとはやっぱり違う。
新しい感覚で毎日修練している。

外科医はとにかく技術をつけなくてはいけないという。
そのためには毎日の鍛錬、修練が欠かせない。
いろんな刺激を受けて、新しいエネルギーに変えて、次のステージの腹腔鏡外科を開拓したいと思う。
posted by もとき at 03:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年01月11日

オリジナル

ここのところ、同じような話ばかりで申し訳ないが、それだけ心が響いているということだろう。
でも、せっかく書いたので載せてみる。


同じような話を3回聞いたら、それは何かのメッセージだ。
実は私、スピリチュアル的なことも結構信じてる方で…
だからハワイとかでもパワースポットに興味が出てしまう。

全然違うところから、人から、同じような話がなんども出てくることがある。
ここのところも沢山そういった話が出てきて、なるほどね〜と感心することもしばしば。
信じてても、信じてなくてもどちらでもいいが、そういった事柄に心が反応しているということだ。

昨日も植松電機の植松さんのブログを読んでて感じた。
いろんなところから聞こえてくる。
それは、オンリーワンということ。

世の中に必要とされること。
それは「ほかと違う」こと。
自分だけのオリジナリティを持ちなさい、ということ。

スティーブ・ジョブスがアップルに復帰した時に打った広告、「Think Different」
人と同じではなく、クレイジーでもいい。
世界を変えるのはそういった人たちが、オリジナリティをもって自分にしか出来ないことを突き詰めた結果だ。

力道山が、修行時代に言ったという。
男が人の上に立って成功するには、方法はたった一つしかないぞ。
それは、過去に誰もやったことがないことを一生懸命やることだ。

秋篠宮の眞子さまが、東北大震災の時にボランティアに参加した。
実際に行ってみないとわからない。
今の自分にできることをやってみたい。
今の自分にしか出来ないことをやってみたい。

二番煎じに甘んじることなく、自分たちにしか出来ないこと。
自分たちだからこそ、できること。
果敢にチャレンジして、失敗を恐れることなく向かっていきたい。
posted by もとき at 21:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年01月09日

ゆめまぼろし

今の自分ができることは何だろうか?
今の自分にしかできないことは何だろうか?

私がこの世に生を受けてきた意味は、なんてちょっと大げさではあるけれど、私にしかできないことがきっとあると思う。
大したことでなくてもいいが、私だからこそできることを考えていきたい。
きっとひとそれぞれ、自分らしさがあるはずだ。

まずは好きなこと、興味のあること。
何が好きかといえば、やはり外科が好きだ。
それも軟部外科。
中でも胆嚢や肝臓には興味が大きい。

腹腔鏡と出会ってさらに加速した。
人の目では到底見ることのできない繊細さで組織を見る。
そこに血管があり、リンパ管があり、胆管がある。
何層にも重なる膜が覆い、生命の神秘をうかがわせる。

今や手術は顕微鏡レベルの細かな操作が可能になり、ほぼ無血で手術できるところまでやってきた。
当然合併症の発生率は低下し、術後の回復も早くなった。
手術そのものが果たして私たちがおこなってよい行為なのか、という問題はさておき、この技術の向上が彼らの生活に役立っていることは間違いないだろう。

整形外科、いわゆる骨折の手術や、神経の手術も非常にやりがいのある仕事だ。
いままさに痛みの極致であるその状態をすぐさまにでも改善することができる。
それが自分の判断で、さあ今から楽にしてあげる、状況に持ってこれる。

幸い獣医になって25年が過ぎた。
私にとっては天職だと思っている。
やりがいもとてつもなく大きいし、患者さんたちからも頼っていただける。
そしてなによりもこの学問は奥が深く、到底一生涯かけても全てを成し遂げることはできない。

こういったことも自分がやる気にならなければ意味がない。
誰かに言われたとか、指示されたとかでは動かない。
そこに人生の意味があるし、やりがいや生き様がある。

この世は全て自分の考えたゆめまぼろしである。
posted by もとき at 09:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記