2017年02月27日

低侵襲ということ

今回は、りんごの樹で特に力を入れている腹腔鏡手術に関してお話ししたいと思います。

人でも動物でも、検査や治療を行うときに本人に負担の少ない方法でできればそれに越したことはありません。負担が少ないことを「低侵襲」と言いますが、腹腔鏡手術はその代表格です。体に傷をつけずに体内を観察できる超音波検査やレントゲン検査、CT検査も広い意味では低侵襲な方法と言えます。これらの他に低侵襲な方法として消化管内視鏡(いわゆる胃カメラ)、胸腔鏡、関節鏡などが挙げられます。いずれも最近の技術の進歩とともに開発されたものであり、現代の医療にとって無くてはならないものとなっています。

昔はお腹を大きく切って病巣を観察したり切除したりしていました。有るか無いか分からない、どうなっているか見当もつかない、等のときに試験的にお腹を切ることを「試験開腹」と言います。今でも行わない事は無いですが、できれば痛くない方法で確認ができ、さらに治療までできれば尚いいですよね。

もし自分がどこか痛くてお医者さんが原因を突き止められないとき、「試しにお腹を開いていいですか?」と言われたらどうでしょう?痛い思いをして、原因が突き止められなかったら最悪ですよね。お腹を切らなくても分かる、ほんの少しだけの傷で大きく切った時と同じ治療ができる。人の医学ではほぼ当たり前になっている方法もまだまだ動物では一般的ではありません。

5mmとか1cmの傷で10cmとか20cmとか切った時と同じ治療ができる。むしろ、大きく切開した時よりも比べ物にならないほど安全で清潔な手術ができる。そんな夢のような手術方法が腹腔鏡手術です。

私の肺に影が見つかり、ひょっとしたら胸を開いて病巣を切除しなくてはならないかも、と言われた時、まっさきに頭に浮かんだのが術後の痛みでした。聞けば、胸を大きく開いた時はその痛みが半年以上続くそうです。その後も腕を挙げたりする時に痛みが走り、ずっと長いあいだ苦しみが続くと聞きました。自分だったらそんなの耐えられないです。胸腔鏡でやればそういった痛みもなく、ゼロではないですがとても少ない術後痛だそうです。動物たちは言葉が話せません。痛そうにしてないから大丈夫だろう、泣き叫んでてもそのうち治るだろう、そう私も以前は思っていました。でも、本当はそうではないのです。彼らは痛みを顔に出さないだけで、本当は私たち人間と同じように辛い思いをしているのです。最近の研究でそんな裏付けが発表され、それに伴って自分の経験も手伝い、私はできるだけ侵襲の少ない、痛みの少ない治療法をという思いから腹腔鏡手術を行っています。

愛知県内でも腹腔鏡手術をうたっているところは数件の動物病院です。しかも、実際に実働しているところは私の知るところわずか2-3件しかありません。人では胆石の手術の9割以上が腹腔鏡で行われるこの時代に、動物たちはいかに昔ながらの痛い方法を強いられているのかと切なくなります。まだまだそういったことも知らない獣医の先生も多いのが現状です。昨年には中部地区での腹腔鏡手術の勉強会を立ち上げ、少しでも多くの動物たちが痛みの少ない手術を受けられるようにと活動を始めました。

ここでは実際の腹腔鏡による犬の避妊手術を説明したいと思います。一生のうちに一度しか受けない手術ではありますが、だからこそ愛するペットに痛みの少ない手術を選択してあげて欲しいと心から願っています。

下の図は犬のお腹を下から見た図ですが、お腹の中では卵巣や子宮がこのようにぶら下がっています。赤い部分は血管です。四方八方から血管が伸びていて、手術ではこれらを全て糸で結ぶか、専用の機械で血管を塞ぎます。腹腔鏡手術ではこれらの操作をお腹の中でやりますが、開腹手術では臓器をお腹の外に引っ張り出してやる必要が有ります。したがって、上から下まで大きく切る必要が出てきます。
スクリーンショット 2017-02-26 3.34.00.png

実際の開腹手術の切開創はこのような感じになります。
スクリーンショット 2017-02-26 3.47.32.png

その切開創からこのように卵巣と子宮の一部を引き出して手術を行います。
引き出し時には神経も引っ張られるために非常に大きな痛みが起こります。その痛みは麻酔がかかっていても動物の心拍数が上がるほどです。左右の卵巣を摘出し、場合によっては子宮も全て摘出します。大型犬種では引き出し時に十分体外に牽引できず、卵巣を一部取り残してしまったり、あるいは無理に糸で結ぶために糸が緩んで大出血を起こす事故も報告されています。
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開腹手術を行った実際の手術後の縫合部の様子です。この子は10針縫いました。
IMG_3947.JPG


一方、腹腔鏡の切開創はこんな感じです。
開腹手術と比べると極めて小さいのがわかると思います。
スクリーンショット 2017-02-26 4.17.04.png

腹腔鏡ではこのように直径2mmや1cmの非常に細い器具を使用して、お腹の中で手術を行います。皮膚の切開がとても小さくて痛みが少ないことももちろんですが、臓器を強引に引っ張ることがないため痛みや取り残し、血管の引きちぎれなどの事故は皆無になります。また、出血も極めて少なく、信じられないかもしれませんがほぼ無出血で手術を行うことができます。
スクリーンショット 2017-02-26 4.21.34.png

実際の腹腔鏡手術後の縫合部です。
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このように腹腔鏡手術は非常に低侵襲で合併症も少なく、開腹手術よりも安全で優れた手術方法だと思います。難点を挙げるとすれば、費用が通常の開腹手術に比べ数万円ほど割高になることです。しかし、良い点を考えれば十分価値のある費用だと思います。
私が手術を受ける立場になったら、間違いなく腹腔鏡手術を選ぶと思います。でも動物たちは残念ながら自分で手術方法を選択することができません。飼い主の皆さんが選んであげるしか、彼らがその恩恵を受けることはできないわけです。是非とも大切なワンちゃんに腹腔鏡手術を受けさせてあげて欲しいと思います。
posted by もとき at 02:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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